第六話・サムシング・ブルー

 大きくなったら何になりたい?

 お姫様。漫画家。イラストレーター。小説家。食品会社の事務、塾の教務。

 その時々で、美鈴の夢は変化した。
 就職活動を本格的に始めるまで、その夢は変化し続けた。


 今の夢は―

 明確なビジョンが、思い描けなかった。



 久々に大学時代の友人と連絡を取ったのは、夏の盛りだった。

 彼女は広告研究会ではなく、かけもちで参加していた漫画研究会を通して知り合った友人だった。
 名前を西野仁絵(にしの・ひとえ)という。

 
 「ふーん。美鈴ちゃんも色々と悩んでるみたいだねぇ」

 新宿の洒落たカフェで、落ち合った。彼女は同い年なのに美鈴よりぐんと精神年齢が上で、頼れる存在だった。

 「仕事が続かない。―おまけに恋愛もうまく行ってない、か…」
 「仁絵ちゃんの所が羨ましいよ。こっちはラブラブじゃないからさ。ちっとも」

 仁絵は新卒で入社した会社で出会った、同期の男性と交際していた。
 彼女も美鈴と同じくサイトを持っており(こちらはイラストサイトだったが)、ブログで恋人のことを度々話題にしていた。

 「結婚は考えられない?」
 「うーん。あっちがそういう気がちっともないからさ」

 自分の恋人、啓介の事を思い浮かべる。
 ライター志望と言い放った彼が、家庭を持ちたいと口にしたことは、確か一、二度あったが、それも正社員であった当時だ。
 今は彼の考えが分らない。自分を迎えたいと思っているなんて、そんなわけはない。なぜなら、自分は―

 「こっちは結婚するよ。今年中に。美鈴ちゃんに幸せ分けてあげたいけどね。相手の男がそんなに酷いなら、全然彼氏の友達紹介するし」
 「酷いってわけじゃないんだけど…」

 そう言って、口ごもる。漠然とだが、25歳にもなると結婚の二文字が頭をよぎったりするが、それは全く現実味を帯びてこなかった。

 自分には貯金もないし、派遣という不安定な雇用形態でしかないし、何より精神的に自立できていない。

 向精神薬漬けの花嫁を迎えたいもの好きな男がどこにいる?
 少なくとも、啓介にそこまでの覚悟があるのか、確かめるのが怖くもあった。

 

 「私は美鈴ちゃんが幸せならそれでいいと思うけどね。…結婚はまじめに考えた方がいいよ。そろそろ」
 「うん…」

 相談に乗って貰って、その時は気が晴れるのだが、また惰性の生活が、憂鬱気分を増幅する。
 ―私はいったい、何になりたいんだろう。

 答えは自分で見つけ出さなくてはいけない。
 仁絵の首には、蒼い石のはめ込まれたペンダントが下がっていた。
 サムシング・ブルー。花嫁を幸せにする小道具の一つ。



 

 家に帰るなり、美鈴は泣いた。涙を流して喚いた。父親の光司も、母親の晃子も、宥めることに必死になる。
 こんな自分自身、消えてなくなってしまえばいい。口に出して叫び、また泣いた。

 時々、いや、頻繁に情緒不安定になることがあった。
 涙を流し、慟哭する。何に対しての怒りなのか、悲しみなのか、分からない。

 友人の幸せを、祝福したいのか、あるいはそうでないのか。

 要領を得ない精神科医への憤りか。

 あるいは、高い理想像に到底及ぶべくもない自分自身への怒りか。

 同情を買おうとしているわけではない。少なくとも自分はそう信じたかった。

 「幸せ」になる道を自分から塞いで、目を背けている事実から逃げることに必死だった。


 つづく