「スズ、今日で私たちこのサークル連抜けるから」
「―え?」
「これからはうちらで内輪にやっていくことにしたんだ。スズはあっちの人たちと関わりたいんならそうしていいよ。」
広告研究会の部長の突然の言葉に、美鈴は驚きを隠せなかった。あの、サークルで他大の男子学生が来るときだけきらびやかな服装を纏って出席していた部長が―サークル連合を辞める―。
他の先輩たちも口を濁した。
じゃあ、今まで私が身を削ってやってきたことはいったい何だったんですか?
問いかける前に、頭の中が真っ黒な闇に満たされていくのを感じていた。
美鈴はその日、会社帰りに行きつけのファッションビルに寄っていた。給料日から一日目、そろそろ何か買いたいものが出てくるころだ。
店員に話しかける。「雑誌に載ってた赤いスカートはありますか?」
店員は満面の笑顔でこたえる。「はい、こちらが最後の一点になります」
カナリヤレッドのスカートだった。最近、赤い色に惹かれるようになった。以前なら、淡いパステルカラーに惹かれていたのだが。
赤は啓介も好きな色だった。
試着して、気に入ったので購入した。一万円。親からは服に金をつぎ込みすぎだと怒られている。それでも美鈴は服を買うことをやめようとしなかった。
創作とおなじ、生きる糧が「着飾ること」だった。
他にオフホワイトのアンサンブルも購入した。どちらも今月号のOL向け雑誌で「一か月着まわし術」という企画で紹介されていた商品だ。
店員にとってはいいカモだろう。美鈴は給料のほとんどを服につぎ込んでいた。
いつまでこうした刹那的な生き方を続けていくのか。自分にもよくわからない。いつからこうなったのかも。
本当に「さようならしたい」と気が来るまで、あるいはこの生活を続けていくのかもしれない。
カナリヤレッドのスカートは血液の色に似ていた。
「死にたい」と考えるようになってから、ネットで様々な精神系のホームページを回るようになった。その中には自分の自傷行為の跡を載せている
サイトすらあった。そのサイトの管理人は「薬が無くなったので飛び降ります」と書き残してホームページから姿を消していた。
美鈴よりも年下の女の子だった。
美鈴自身は自傷行為をしたことは数えるほどしかないし、深く血が出るまで切ったこともない。ただ、鎖骨の真上に切り裂かれたような跡が残っていた。
母親の晃子から、「広告のサークルを辞めなさい」と勧告されたときにヒステリーを起こして自分で皮膚を爪で引き裂いたものだ。大学二年生当時、美鈴は
サークルを三つ掛け持ちしていた。そのうちの広告研究会に美鈴は特に力を注いでいた。高校生まで、何かを「一生懸命最後まで」やりとげたことのない美鈴にとってサークルの存在は大きなものだった、
そのサークルとアルバイトと学業との両立は、美鈴の体と精神とを蝕んだ。
片腕の痺れが起こったとき、総合病院での検査の結果は「このままだと手が曲がったままになりますね。手術をしたほうがいいでしょう」というものだった。
再検査の結果、手術は免れたものの、体の倦怠感は収まらず、授業中も気づかぬうちに熟睡してしまうようになった。
アルバイトは辞めざるを得なかった。それでもサークルのほうは続けていたのだが、ここに来て母親の勧告である。当時の美鈴は激怒した。
「お母さんに一体何がわかるっていうの!!」
母親の気遣いも、サークルへの熱意には代え難かった。…しかし。
「スズ、今日で私たちこのサークル連抜けるから」
「―え?」
「これからはうちらで内輪にやっていくことにしたんだ。スズはあっちの人たちと関わりたいんならそうしていいよ。」
今、美鈴は電車に乗っている。
疲れがたまっていた。神崎ユミの曲は止め、たまたま空いて座れた席に一人、もたれかかって眠りに落ちた。
「さようならしたいです」
けばけばしいラメの入ったピンクのショッピングバッグの中では、カナリヤレッドのスカートが揺れていた。
つづく 戻
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